ゴールデンレトリバー撫でたい

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ガルラジ1stシーズン、岡崎と富士川が最終回を迎えました。 + 前回の怪文書への補足

1. 岡崎と富士川が1stシーズン最終回を迎えました 

 チーム岡崎とチーム富士川の最終回が終了しました。本当に素晴らしかった…。
 この作品を発見できてよかった、リアルタイムで追いかけられてよかった、最終回に立ち会えて良かった、心からそう思える本当にいい最終回でした。
 リアルタイム聴取では岡崎を選びました。その時はなんとなくだったんですが、思い返すとこれは必然でした。後述します。

 次の展開も発表されました。サービスエリアとの連動企画と、ニコニコ超会議でのミニイベントとグッズ販売とのことです。遠征したかったけど4月下旬厳しいんだよな…やさしくて配慮が深いドワンゴさんなら、ガルラジの舞台となっている中部地方含め地方でも買えるように事後通販とかしてくれるかな…。
 あとこのタイミングでアプリのアップデート。こういうとこがガルラジですよね。つぶやきも続くみたいです。嬉しい~

 さて、最終回は放送時間が変更になりました。
 21時30分から声優8人が出演するニコ生、そして通常19時30分からのラジオ放送は23時からになりました。
 未成年を11時に働かせていいのか?と思いつつ、この時間ならみんなリアタイしやすくて嬉しいな~とだけ思っていました。この時はまさかあんなことになるなんて誰も予想していなかった。

 

 また、ありがたいことに前回の怪文書ガルラジにおける視点、時間、超越性について)へいろんな反応を頂けたので、共有のためにもここでまとめました。前半はネタバレ含むので未視聴の方は目次からリンク飛んでください。

最終回直前のニコ生、そして落とされる爆弾

 第1回いまだにちゃんと視聴してなくて噂だけ聞いてたんですが、声優8人いるのまじで騒々しい。女子高の休み時間みたい(見たことあるわけないですが)。ていうか白糸結役の新田ひよりさんが1人でもうるさい富士川3人ともいたらどんだけうるさいんだ。
 それと松澤千晶さん改めて見ても本当にすごいですね。声周りの技術も司会もオタク文化への理解の深さも完璧。

 このタイミングでニコ生やるんだから2ndシーズン決定だろ…と思ってたけど「みなさんの応援次第で無限の可能性があります」でかわされました。まあたしかにこれ作るの作家さんの台本から収録から何から相当大変ですよね。(この後サービスエリア連動企画とニコ超、グッズが発表されます)

 うーむと思ってたんですが、すぐ次のコーナーに移りました。

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 告知から間髪入れずになんかダミーヘッドマイク出してきた。100万円くらいするやつです。これ絶対ドワンゴがせっかく買ったから元を取るために声優ニコ生やる時とりあえず枝豆くらいのノリで使ってると思うんだよな。
 そういうわけで特別企画はASMRでした。しかもキャラクターの声で。なんだよガールズにゃんにゃんデイズって*1
 ニコ生のコメント欄もタイムラインはオタクの絶叫で溢れる地獄になりました。奇声書きこむよりついさっきまで実況してたのにツイートがピタリと止まるのをやめろ

 前回の記事、私はこういうことを書きました。

我々がガルラジを再生する時、そのスピーカーやイヤホンから流れる音の位置は、ガルラジ世界内におけるマイクの位置と繋がっています。 

ガルラジにおける視点、時間、超越性について - 除雪日記

 まさかこの24時間後に耳元で囁かれてることになるとはなもう全部おしまいじゃねえか。改めて読んだらなんか太字で強調までしたの恥ずかしくなってきちゃったな

 当時のTLはこういう感じです。

※放送当時、野村麻衣子さんと赤尾ひかるさんと小澤亜李さんは裏でエビストとえんどろ~!のニコ生に出演していました。

 
 いやあまったく愉快なことです、だいたいこういうオチがつくんだよな、俺の人生は

 ていうか忘れてたので追記しますけど見て、これ

 これ書いて21時間後にそのものが出てくるとか誰が思う???こんな完璧なオチあるか? 

 そして番組は23時ちょうどに終了休憩時間ゼロで最終回突入ですASMRでなんもかもめちゃくちゃにされた状態で。マジでなんなんだ。

 

急に二兎春花が好きになって聴く最終回

 なんだかんだ最終回だし昼頃からそわそわしてたのに直前にASMRぶっこまれたせいで全部めちゃくちゃだよ

 冒頭にも書いた通り、最終回リアタイはオカジョを選びました。なんか知らないけど前回の怪文書書いてるうちに急に二兎春花のこと気になってきてたんです。どちらかというと前回までは富士川の方が楽しみで、白糸とアユチのイチャつきで絶叫してたんですが。
 最終回ということで二兎もテンション高かったですが(普通に感じたように書いてこういう表現になるのがガルラジのいいところ)、なんか知らないけど二兎春花が本当にやたらかわいく思える。前からこんなかわいかったっけ?ってなる。

 オカジョ放送部最終回は今までのオカジョでベストの回でした。こういうコンテンツで主人公とかセンターの位置にいるキャラってエッジの効いた他のキャラに比べてどうしても地味な印象になりがちだけど、その分作品内の時間(ガルラジ的!)で積み重ねられてきた蓄積と成長がそのままキャラクターの魅力になり、作品がメルクマールを刻む時は必ず重要な役割を果たす。最後のエールはちょっと涙出てしまった。

 で、最後に選ばれたのはリスナーへの手紙です。あーこれだったんだな、と思いました。
 前の記事を書くのに、ガルラジの世界と現実の世界を繋げるための垣根が取り払われるための条件やポイントを10日間くらい延々考えていました。それで、なぜかわからないけど例を考えていると一番頭に浮かんでいるのが二兎春花なんですよね。キャラ的には手取川とか白糸と年魚市のほうが好きだったはずなのに。
 その時は主人公だからかな?と思ってたんですが違いました。一番リスナーの方を向いて、リスナーを意識して喋って、ラジオをやっていたのがオカジョだったからです。「私たち」リスナーの方を向いて。それでずーっとあっちとこっちを繋げるのを考えてるうちに、視線が合っているような感覚になっていたんですね。言ってみれば「二人称的に」。

 記事確認したら書いてなかったっぽいですが、二人称の関係の最も基本的な例は、手紙です。手紙は基本的に他人に見せることが想定されず、「世界の中で他の誰でもないその人に宛てて」書かれるものです。読まれることが前提になっているラジオのおたよりでも、この基本は変わりません。
 そして、春花は(まいちゃんと智加ちゃんは)最後にリスナー宛てへのメッセージに手紙という形を選びました。普段リスナーからコミュケーションの手段として送られるお便りへの返信のように。そこには、確かな深い感動があった。

 

ガルラジの極限に達した富士川

 リアタイ時、フォロワーで視聴してたは大半が富士川で、TLがオタクの鳴き声(「年魚市!」「白糸!」「金明さん…」の3種類)で溢れてたの見て、うわあ今回も大変なことになってるなぁと思ってましたが、まぁ~凄かったですね。

 入り乱れるアドリブはまるで原曲が極限まで解体されきったジャズの演奏、流れるようなトークと掛け合いはもはやアニメっぽさの残滓がひとしずくも残っていない、どこまでが台本なんだ、演技ってなんだ、キャラクターってなんだ、そこにいるのは金明凪沙と山北早紀のどっちなんだ?ってなる実在感。そう、実在です。これは紛れもないリアル。こんなものが嘘や仮象のはずがないよ。

 富士川は6回の放送で最も変貌を遂げたチームでした。最初の時「徳光はストーリー性で富士川はラジオの面白さ」とか言ってた見る目ゼロの奴がいるらしいですよ。
 しかし、第4~5回が放送されていたあたりでは、もうガのオタクで話される話題の大半が年魚市の関係性のことになりました。こんなことになるなんて…。最終回でもさらっとお泊まり会とか言い出すしなんなんですかね。アユチさんこのままじゃラジオパーソナリティとしてのキャリアが白糸とセットのものになってしまいますよ。
 最終回でもまさかの金明さんにも重たい過去があるのが明かされたり、さらにアフタートークでまだ描写されてないキャラクター設定があるとか言われたり我々にどうしろと言うのか。
 あとアフタートーク長すぎでしょ、この人たち本当に毎回どんだけ喋ってるんだ。

 

ガールズ ラジオ デイズ

 僕は大学の講義で習った「物語は終わっても人生は続く」という言葉が非常に好きで、よく思い出します。本当はこれちゃんと文学の理論的な話で、専門的な用語がついてるんですが、ネットで検索する程度じゃヒットしなくて当時のノートがないと思い出せない。
 まあ直感でわかると思いますが「あるフィクションのストーリーはその人の人生の一定の期間を切り取ったものにすぎない」ってことですね。これほどこの言葉があてまはる作品はガルラジより思いつかない。

 岡崎と富士川の対比的な色合いは最後まで一貫してました。
 オカジョはやがていつの日か訪れる青春の終わりと別離をどこかで予感しながら、それでもこの今がずっと続くという力強さを。
 富士川は最後にようやく急造チームが表面的なお喋りをやめて、本当の意味でそれぞれに向き合うことに踏み出す。

「ガールズ ラジオ デイズ」 は続く、それも僕らと同じ時間の中で。

 

2. 前回の記事への補遺

 2万字の病気みたいな怪文書を書きましたが、ありがたいことに結構な反応を頂けました。マジで嬉しい。ほんと嬉しい。みんなありがとう。

livedoor.hatenadiary.com

 

2.1. 公録問題

 ラジオ周りの文化をなんも知らずに貧弱なラジオ聴取体験と映像との対比で考えたのでなんか見落としあるかもな~とは思ってたけど、やっぱりありました。公録です。

 これ完全に盲点でした。私声優が歌うタイプの二次元アイドルコンテンツのライブはちょくちょく行くので単純にそれの類比で考えたのが失敗でした。言ってみれば「ただライブを観て受け取るだけの観客」との違いですね。
 ちょっと工夫すれば突破できるアイデアもあるかもしれないけど、まだちょっと思いつかない。

 

2.2. ガルラジの「リスナー」と、フィクションの鑑賞者の関係の研究

 上に関連しますが、おそらく一番もらったのがガルラジの「リスナー」 についての言及です。

 後出しジャンケンですがこれは私も考えていて、「フィクション内のリスナーと現実のリスナーの位置、こざかしく言えば存在論的序列が同列の地位にある」みたいな1節があったんですが、文章力と知識が足りなすぎて断念しました。

 これを敷衍すれば「鑑賞者を虚構の世界内に組み込む」というような事態になります。
 というわけでガルラジについての記事(『ガールズ ラジオ デイズ』––––周波数を合わせて - Lichtung Criticism)もあるナンバユウキさんのVtuberについて書かれた記事が繋がります。ていうか自分で怪文書書いてようやく言ってることがなんとなくわかった(今まで雰囲気で読んでた)(すいません)

lichtung.hateblo.jp

映像の一つ(#01とする)、片手が映っておらず安定していない自撮り映像の存在から、この世界でのカメラ映像は実際のカメラによって撮られた映像として理解できる。ゆえに彼女以外のカメラマンの存在を読み取ってよい。少なくとも作中には彼女と「彼女以外の誰か」が存在している。

lichtung.hateblo.jp

いかなる意味であれ、バーチャルな存在がわたしたちのことを知りうるのか? わたしたちにアクセスできるのか? それはいかなる世界に存在しているのか? といった設定を、この作品は問い直している。作品内で言及されているように、『アムフォ』は異世界から行き着いたわたしたちの撮影機材を用いて、なんらかの方法で情報をやりとりし、翻訳者によって翻訳されて届けられている。こうした設定と異世界語とが、たんに作品の修飾に終わるのではなく、投稿動画という形式に組み入れられることで、映像作品における語り手の問題に反省を与え、鑑賞者を物語世界へ引き込む力をうみだしている。つまり、『アムフォ』は、投稿動画という形式を、その物語世界を構成し、鑑賞者をその世界に組み込む要素として利用している、ルールにすぐれて自覚的な作品である。投稿動画という形式を作品に組み込むことで、鑑賞者にルールへと意識を向けさせる作品を提示した試みの意義はおおきく、この点でも、すぐれた作品としての評価されるべきだろう*4。『アムフォ』のおもしろさのひとつには、こうした鑑賞者の物語世界への組み込みにあるといえる。つまり、鑑賞者を引き込む、あたかもそこにあるような異世界を、いわば、「リアルな虚構」をもたらすことに成功している。

  私なりに理解した関連性が特に濃そうな部分を引用させていただきました。

 

 美術やアートの分野でも似たような文脈での研究があるようです。

 

※追記
なんか見つかりました。

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バケモン運営か?

 

2.3. 「二次元キャラのラジオ」の歴史 

henai.hatenablog.jp

Twitterから締め出されている花京院典明から動画付きラジオについてのインプレッションと、ガルラジ以前に存在した二次元キャラのラジオについての情報を頂きました。エメラルドスプラッシュが時計を…?…時計…時…ガルラジの放送時間…!?(うろ覚え)(言うほどジョジョちゃんと読んでない)。ヘナイさんがいなくなってからTLに流れてくる画像の肌色率が激減しちまったよ…

 まず最古の二次元キャラのラジオについての情報です。

面倒臭いオタクですまん。補足させてください。
知ってる中で一番古いキャラクターラジオはサクラ大戦になります。

サクラ大戦 有楽町帝劇通信局 / サクラ大戦 帝劇通信局フロムお台場 1996年10月 - 1997年9月

サクラ大戦のラジオが役を演じつつ素にも戻る番組であった一方で、最初から最後までキャラクターのままで演じるラジオは以下のものが知ってる中の最古。

 次になんと完全に双方向性が実現されていた二次元キャラのラジオがあったみたいです。

ソフィアの純愛 1997年10月 - 1998年4月

ゲームソフト「みつめてナイト」のラジオ番組、ソフィアの純愛は当時としてもかなり驚きをもって迎え入れられたような記憶があります。

一方でソフィアの純愛はどうだったかというと、小西寛子さんがソフィアというキャラクターを演じるソロの番組だったんですが、小西さんの面が出ず、1から10まで演じるキャラクター・ソフィアとして受け答えし、そうなるように脚本が与えられているんです。番組一本丸々、キャラクターの下でコントロールするよう作られていました。ソフィアというキャラクターを介さずに喋ることがなかったんです。「放送素材を録音する」んじゃなくて「演技をレコーディングする」という形式で録られたラジオだったんです。

しかしながらソフィアの純愛は実際にラジオ局で放送され、リスナーからお手紙が届くんですよ。文化放送に送ると魔法の力でソフィアの元へ転送されるんです。
そして届いたリスナーの投稿を組み込む形でソフィアというキャラクターをエミュレートした放送台本を書き上げ、収録へと挑む放送作家の努力の凄さ……。やべえ!

そういうキャラクター強度が固く、一方でお便りが届く双方向性があるラジオの極北が20年以上前にありました。

 ここから考えられることは色々あると思います。おたより問題とか。

ガルラジにメール送るの難しすぎ問題とかの話 - 浅瀬文書

 

※追記
 ソフィアの純愛のいくつかがYouTubeやニコニコにアップされていました。これやばいです。みんな聴いた方がいい。

 ざっと見つけられたところではとりあえずニコニコのこれが一番音質いいと思います。5分くらいからのおたよりコーナーがすさまじい

www.nicovideo.jp

 

 ちなみに私は前回の怪文書でもう全部出し切ったので向こう半年は考察書きません、俺は手取川の北陸での生活の質感と白糸とアユチと二兎を結ぶ線が三角形になってる相関図と金明さんの飲み方と春花とまいちゃんの共依存性とそれをさりげなく支えるちかちゃんの心理とたまささの双子が双子すぎるのとカナぁ~!と団長の小澤亜李性と佳村はるかさんのASMRの上手さで急に好きになってきた穂波ちゃんに振り回されると徳若ちゃんの驚異的な女子大生くささのことしか考えないからな。

 

 それでは来週の徳光・双葉・御在所の最終回と、来たるべき2ndシーズンで。

*1:放送日は2月22日で猫の日でした